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自分に勝つ

自分に勝つという言葉を、誰が負けたのだろうという視点から考えると、少し不思議な感じがします。勝ったのは自分ですが、負けたのも自分だからです。


自分の中の相反する要素が戦うような場合を考えてみましょう。たとえば寝る前に間食*1は控えようという自分と、何か食べたいという自分との勝負です。
この場合だと誘惑に負けずに間食をしなかったら自分に勝ったということになるのだと思います。これは間食を控えようとする自分の視点によるもので、食べたいと思う自分は敗北したわけです。
これとは逆に何かを食べてしまった場合は自分に負けたとなって、食べたいという自由な気持ちが勝利したのだとは通常なりません。どうしてそうなるのかというのはよくわからないのですが、2つの自分が全くの平等ではないのでしょう。どちらが勝った場合に自分に勝ったといえるのかという判断をする別の自分が存在するのか、両者を統合した自分による判定なのでしょう。負けたのに「自分に勝った」と判断される側からすれば、ひどい偏見です。
単純にどちらが主で、どちらが従と決められない場合もありそうです。何かを続けることが良い場合もあれば、しがらみなどは断ち切ってやめることこそが自分に勝つことだということもあるでしょう。


過去と現在の自分との戦いという場合もあります。努力などによって進歩した場合に、過去の自分に勝ったと意識することはあります。この場合は視点が現在の自分にあることが自然なので、過去の自分にとってみれば負けになるのかといったことを考える必要はあまりないでしょう。
しかし未来に対して考えると、これまたおかしな事になります。視点を今に置くと、現在の自分が未来の自分に負ける為に努力をしているということになるからです。未来に向けて「自分に勝とう」と考えたときは、視点が未来の自分にあるとしないと意味がとおりません。


最初に書いた自分の中の相反する要素を、現在と未来という面から考えることもできます。間食を食べるというのは今の自分にとってのプラスで、間食をがまんするというのが未来でのプラスといったようにです。そして現在と未来ではどちらかというと未来に重きをおいていると解釈すると、どちらが勝ったら自分に勝ったことになるかというのに説明がつくのかもしれません。

*1:夕食後に何かを食べるのを間食というのも考えてみれば不思議。翌日の朝食との間なのか。