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なぜ人を殺さなくてはいけないのか

「なぜ人を殺してはいけないのか」という質問に対して、「それは法律で決っているから」という答えることができる。
これはあまり優れた答とはいえないかもしれないが、法律が存在するのはその元になった考え方や慣習があったわけだ。そして、その上で決められた手続きにのっとって作られた法律は、明文化された常識と考えることもできる。
その法律が認めている殺人に関して。
正当防衛や緊急避難の場合は、人を殺しても罪に問われない。だが、べつに殺さなくてはいけないわけではない。映画の話だが「タイタニック」の中で、主人公は自分ではなく恋人を木片の上に乗せた。その結果として彼は冷たい海水で体温を奪われて死んでしまう。
法律によって人を殺さなければいけないのが「死刑」の場合だ。これは殺してもいいとか罪に問われないとかではなく、法に従うならば殺さなければならない。
死刑がどうやって行われるのかについては公開されていないようだが、絞首刑になることはわかっている。そして、首に縄をかけられた死刑囚の足元の床が開くようになっているようだ。
その床を開けるのが手動で、ボタンを押したりしなければならないのか、それとも自動で開くようになっているのかはわからない。死刑は犯罪ではないけれど、犯罪の場合の用語を使って説明すればボタンを押した人もしくは自動で開くようにセットした人が死刑の実行犯になる。
この実行犯は命令に従っただけなので、主犯は別にいる。まず考えられるのは、死刑執行の命令書にサインした法務大臣だが、彼または彼女に選択の余地は無い。法に従うならばサインをする必要がある。そうすると、死刑の判決を下した裁判官がとりあえずの主犯と考えられる。繰り返しになるが、これは犯罪の場合の用語で説明した場合で、死刑が犯罪だというわけではない。
裁判官の権限を保障しているのは国で、国の主権者は国民なのだから、国民つまり私やあなたが、死刑によって人を殺す主犯と考えてもいいわけだ。
もちろん死刑制度に反対している人もいるし、国会議員の中にも党派を超えて死刑制度廃止に向けて活動しているグループもある。しかし、それが多数を占めていないのは、現在の法律に死刑制度が残されていることからも明らか。
「なぜ人を殺さなくてはいけないのか」という質問に対して、「それは法律で決っているから」と答えることができる。


(参考リンク)
http://d.hatena.ne.jp/michiaki/20060225#1140833659
http://d.hatena.ne.jp/michiaki/20060226#1140922706

「おろかもの」の正義論

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