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グスコーブドリの危険思想

宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」を読んでみました。http://d.hatena.ne.jp/sarutora/20090814/p1の「プラネテスのポリティカ その3 - 猿虎日記(さるとらにっき)」がきっかけといえばきっかけ。


以下で「グスコーブドリの伝記」の内容に触れます。

グスコープドリは最後に自分を犠牲にすることで、火山を噴火させて人工的な温暖化を引き起こし冷害を防止します。自己犠牲によって世界を救うのはかっこいいですが、うまくいかない可能性もあります。
しかしブドリは、うまくいかない可能性のことも考えていました。

 ブドリは帰って来て、ペンネン技師に相談しました。技師はうなずきました。
「それはいい。けれども僕がやろう。僕はことしもう六十三なのだ。ここで死ぬなら全く本望というものだ。」
「先生、けれどもこの仕事はまだあんまり不確かです。一ぺんうまく爆発してもまもなくガスが雨にとられてしまうかもしれませんし、また何もかも思ったとおりいかないかもしれません。先生が今度おいでになってしまっては、あとなんともくふうがつかなくなると存じます。」
 老技師はだまって首をたれてしまいました。


宮沢賢治 グスコーブドリの伝記 青空文庫より引用)

http://mirror.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1924_14254.html


これを読むと、もしうまくいかなかった場合には、うまくいくようにくふうしてもう一度やるべきだとブドリが考えていることがわかります。もう一度やる場合には、ブドリと同じような犠牲がふたたび必要になるわけですが、それも承知の上のことだと思います。
そう考えると、ブドリの考え方はわりと危険思想なのかなと思ったりもします。自らが率先する言行一致によって説得力も出てくるあたりが特に。