Log of ROYGB

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危機意識

http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20070104にある『どうしてブログで「怒り」を表明するのか?』と『危機意識の無い女』に関して。

どちらも似たような観点から考えられるかなと思いました。『危機意識の無い女』で紹介されているリンク先でも「怒り」が表明されています。しかも、“文句があるんだったら直接言えばいい。”という主張であるのに、それを直接でなくインターネット上という形で間接的に、愚痴のような形で書いています。しかもそれを書き手は自覚しているようなので、それでもなお書かずにいられない衝動があったのではないかと推察されます。“抑えきれない怒りの情念”というわけです。

また、“危機意識の無い女”という書かれ方をしている女性の行動も、全く理解できないかというとそんなこともないと思います。おそらく自分は正しいと思っているのではないでしょうか。自分が正しいければ何をしてもいいと思っている人は、わりと多そうな気がします。それこそ正しさの為には死んでもいいとまで思っている人さえいるかもしれません。自爆テロなんかはそうなのかもしれないし、古代ギリシアの哲学者ソクラテスは、自分の主張を曲げて生き延びることよりは死を選んだわけです。



『どうしてブログで「怒り」を表明するのか?』に関しても、“以前に「ヤクで寝かせちゃうよ」と書いて炎上した医師のブログがありましたが、僕はあんなふうに書いてしまう人の気持ちそのものは、わからなくもないんですよね。”なんかは危機意識の問題としてもとらえることが出来そうです。
別の面から考えると、実際にヤクを患者に盛るような医師がいないとも限りません。外国で看護婦が意図的に何人もの患者を危篤状態にしたという事件もあるようだし、日本でも看護士が患者に筋弛緩剤を投与した疑いで逮捕された事件があります。実際に行うかどうかは別として、医療関係者は患者の生殺与奪の権を握っているといっても過言ではないのです。医療関係者だけではありません。中島梓の「くたばれグルメ」という本に作者の学生時代の経験としてこんなことが書かれています。

 私はこういうこととなるとやたらと妄想の働くタチで、旧軍隊の、気に入らぬ上官のミソ汁にフケをぶちこむ話とか、とっさに思い出してしまう。とにかくあいては一食分、こっちの生殺与奪の権を、握ってしまったわけである。
(略)
私は、せっかく焼き上げたオムレツをベチャっと床の上におとしてしまった。もちろん土足の床である。
 アレマ、と思ったが、待てよどーせあのヤナ客が食うんだし、パパッとまわりを見回すなりすかさず拾いあげ、ササッ水で洗ってマヨネーズをベッタリぬってレタスをはさみトーストにのっけて知らん顔。
(略)
もう、奴が店を出たとたんから私は嬉しくって、おかしくって悶え死にそう。

その後も、グルメの山本益博さんが低い評価をつけたトンカツ屋にいったときにそこの主人が、これでもかというすごい目でにらみつけつつ最上級のカツを出したというエピソードについて“私がそのカツ屋なら、カツの中に下剤を仕込む方をとるだろう”なんてことも書いています。
まあ世の中こんな人ばかりではないというか、こんな人ばかりでは困りますが、まったくいないわけではないでしょう。病院や食べ物屋だけに気をつければいいわけではありません。床屋などでヒゲや産毛を剃ってもらう場合だって少し手が滑ったら大惨事です。バスや電車などの交通機関に乗っている場合は運転手に命を預けているわけだし、ホームから突き落とされたり、道を歩いていたら車が突っ込んでくる心配だってまったく根拠がないとはいえません。

いつか自分の命を救うかもしれない連中に、あんな事言うもんじゃない。生意気してると大事にしてもらえんぞ。

士郎正宗著「アップルシード」より)

発言者たち (文春文庫)

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