Log of ROYGB

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鏡と左右と電車

鏡に映った像の左右が反転していると認識されることについて。


片方の腕に時計をはめて鏡の前に立ちます。そして腕時計をつけた腕を上に上げると、鏡の中でも腕時計を付けた腕を上に上げているのが見えるはずです。
腕を横に向けると、鏡の中でも同じ方向に腕が向くはずです。つまり、腕を向けた方向に冷蔵庫があったとしたら、鏡の中でも冷蔵庫のほうに腕が向いているということです。
鏡に映った像でも、腕時計をした腕は変わらずに腕時計をした腕であるし、上や横の方向は同じで変わることはありません。

腕を前に向けてこちらから向こうを指差した場合、鏡の中では向こうからこちらを指差してきます。こちらから向こうに対して向こうからこちらと逆になっているのがわかります。鏡に向かって立った場合に、前後の方向は逆になります。


鏡を床に置いてみます。そうすると鏡の中では足を上にした上下が逆になった像が見えるでしょう。鏡が床にある場合には上下が逆になる。左右についてはどうでしょう。床の鏡に向かって右手を振ってみると、鏡の中では左手を振っているように見えるでしょう。


鏡に映った右手が左手のように見える。このことが鏡に映ると左右が反転して見えることに大きく関係しています。鏡に映った右手が左手に見えるというのは、人間の体の構造に大きく関係しています。
ドラえもんの右手を鏡にうつしたらどうでしょう。鏡の中の手は左手に見えるでしょうか。ボールのような丸いドラえもんの手は右手も左手も同じように見えるので、鏡の中の手も右手も左手も同じように見えるはずです。
シオマネキのように左右の手の大きさが全く違っていたらどうでしょう。大きな手は鏡に映しても大きな手だし、小さな手は小さな手なので右手が左手になったりはしません。鏡に映した右手が左手のように見えるのは、人間の手の形や大きさがたまたまそうなっているからだと言うことができます。


鏡を離れて、電車のドアの向きについて考えます。乗っていた電車が終点に到着し、右側の開いたドアから降りたとします。同じドアからもう一度乗り、折り返し発車した電車の中で今乗ったドアは右だろうか左だろうかと考えると、電車は逆方向に進んでいるから左のドアから乗ったということになります。同じドアから降りて乗ったのに、降りたのは右側のドアで乗ったのは左側のドアになるのは何か不思議ではないでしょうか。これは、電車の進行方向が変わったことが原因で、前後が入れ替わったのにともなって左右も入れ替わってしまったのです。
右や左という向きはそれ単独では定めることは出来ず、上下や前後方向が決まることで従属的に定まるものなのです。だから鏡によって前後が逆になった場合にも左右が逆になるし、上下が逆になった場合にも左右が逆になるというわけです。