Log of ROYGB

はてなダイアリーが廃止されるので、引っ越しました。

君にはわからない

はてなブックマークの最近の人気記事で紹介されていたhttp://d.hatena.ne.jp/b_say_so/20070426/1177568517の「saySo - あのね,実家にずっと住んでる人は生活がどーゆうものかってのがあんまわかってないと思うのよ,えらそうだけど」に関連して考えたこと。

沢山のブックマークや言及記事などを集めたのは、それだけ沢山の人の心に何か感じることがあったんだろうと思いました。内容が身近な話題であることから、口を挟みやすい自転車置場の議論と呼ばれる現象と、タイトルがうまいというのがありそうです。「○○○な人にはわからない。」といったような形の文は、それを読んだ人を自動的に分類します。○○○な人と、そうでない人です。そして、わからないとされた側の人は不満に感じるのではないでしょうか。
「○○にはわからない。」という文が使われる意図としては、場合によって2つの理由がありそうです。1つは、「○○なあなたにはわからないが、そうでない私にはわかる。」というような形で自分の意見を補強しようとるす場合。議論の最初のうちに登場する場合はこれでしょう。
議論の終わりのほうに登場する「○○にはわからない」は、コミニュケーションの拒絶でしょう。

具体的な文の例をあげると、「男にはわからない」や「女にはわからない」、「結婚してない人にはわからない」、「子供にはわからない」、「大人にはわからない」、「学生にはわからない」、「喫煙者にはわからない」、「酒を飲まない人にはわからない」、のようなかんじです。もっと極端に「私ではないあなたには私のことがわからない」と考えることもできます。

ただ、何故わからないのかといったことについての説明がある場合はほとんど無いように思います。まあうまく説明できたらわかってしまうので、「わからない」と言うことはできなくなってしまいますが。


(30日追記)
似たようなことを書いているところを見つけました。http://www.absoluteweb.jp/ohno/?date=20070430#p01の『 「すべての○○は××である」という言明』です。これを先に読んでたら、上の文章を書く必要はなかったかも。文型を少しいじって「すべての実家に住んでいる人は生活というものが理解できていないのである」という風にすればいいわけです。「すべての○○は××である」という方がより一般的なものとしてあって、その部分集合として「○○ににはわからない」というのがあると考えるとわかりやすいかなと思いました。