音楽などはだいぶ前から、映像も少し前からデジタルが主流になっています。とはいっても、最終的に人間が認識する音や映像はアナログなので完全にデジタルというわけにもいきません。
CDなどに記録されているものはデジタルデータですが、それを聞くにはどこかでアナログの音に変換しなければいけません。どこでというのも色んな方法があって、アンプに入力する時点でアナログにする場合もあればデジタルアンプを使う方法もあります。最近では、スピーカーもデジタル化するという方法も検討されているようです。しかし、デジタルスピーカーといえども出力されて耳に届く段階ではアナログの音になっているわけです。
これを完全にデジタル化することも出来るのではないかということを、グレッグ・イーガンの「TAP」を読んで考えました。TAPを一言で言えば「完全な言語」です。通常の言語では失われてしまう、微妙な感じなども伝えることができるというわけです。従来ならばまったく表現不能だったろうさまざまな概念、感情、精神状態を表現することが可能になると、作中では説明されています。
言語というものを、音や映像を記録する場合のデジタル化に例えて説明することは可能です。いったん言葉にしてしまえば、それは間違いの無い形で伝達したり複製したりすることが可能だからです。また、言葉にした場合に失われるものがあることについても、デジタル化によって失われる物があることとの類似性があります。連続した音を、離散的なデータに変換することによって、またそれぞれのデータの値が量子化されることで元の音の成分は失われます。
しかし、音の場合はサンプリングの間隔を短くすることや量子化のビットを多くすることなどによって、ほとんど原音と遜色の無い、区別できないレベルでのデジタル化が可能になっています。そこからの類推で、言語についても音のデジタル化と同様に、感覚や考えなどを区別ができないレベルでの言語化が可能になるかもしれません。
そうなった場合は、音楽や映像を含めたすべてのものがアナログに変換する必要がなく、フルデジタルの形のままで認識することができるようになるのかも。
- 作者: グレッグイーガン,山岸真
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2008/12/02
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