Log of ROYGB

はてなダイアリーが廃止されるので、引っ越しました。

狼のように見える動物

http://d.hatena.ne.jp/REV/20080813/p1の「狼コピペの元ネタ - REVの日記 @はてな」と、そこで紹介されているhttp://d.hatena.ne.jp/fuku33/20080812/1218530944の「事実と判断の切り分け「ある異常体験者の偏見」 - 福耳コラム」に書かれている事に関して。
狼コピペとは、通常ならば「狼が来た」と言うような状況で、軍隊語では「狼らしきもの発見、当地へ向け進撃中の模様」となるというような内容の文章のことを言っている模様です。

量子力学で、観測しないと物事が確定しないというのを連想しました。コペンハーゲン解釈は、波束が収縮するとしているのではなく観察結果のみを判断して他は解釈しないと説明してあるのを読んだことがあります。そこに羊に関するジョークが書かれていたのですが、ちょうどhttp://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2008/08/post_2043.phpの「MORI LOG ACADEMY 危うい論理性」に取り上げられていたので引用します。

有名なジョークにあるが、イギリス旅行中の車窓から黒い羊が見えたとき、「あ、イギリスの羊は黒いんだ」と口にするのが文系、それを理系が、「イギリスには黒い羊がいる、というだけのことだ」と窘める。しかし、それを聞いていた数学者は、「我々にわかったことは、羊のように見える動物の、こちら側が黒い、ということだけである」と言う。

http://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2008/08/post_2043.php


文系、理系、数学者という役回りは違っていましたが、内容としてはこんな感じでした。
しかし、こういったことをつきつめていくと何かが見えるというのは目に入ってきた光による現象なので、何かが見えたところでその対象が存在することが確実であるとは言えないとか、そもそも見えたと判断したのは私の意識であるので全ては単なる虚構のデータなのかもなどという無限退行の考えになってしまったりもします。
でも無限退行が無限に続くかどうかも確かめられたものでも無いわけだし…



(追記)
黒い羊の話を書いている本、ブルーバックスの「量子力学の解釈問題」が見つかったので、そこからも引用します。

もしハワードが正しければ、ボーアの慎重さとは、次のタイプの逸話によって完全に説明できる物だろう。
子供、物理学者、そして哲学者が列車で、3人とも初めて来た国を旅行していた。列車が野原を通っていったとき1匹の黒い羊が見えた。
「うわー、あれを見て。この国の羊はみな黒いんだ」、と子供。
物理学者はほほえみながら、「まだわからないよ。確かに言えるのは、この国の何匹かの羊はくろいということだけだからね」と言う。
すると哲学者は、「そうは言えない。我々にわかっているのは、この国の少なくとも1匹の羊は、少なくとも片側は黒いように見える、というだけだからね」、と言った。
日常的な文脈では、3人のうちで物理学者が最も分別があると考えられるだろう。しかし量子の世界といったような真に未知の場所では、最も合理的と思える推測さえ避けて、直接、知覚した物事についてのみ表明をすべきであるという哲学者の態度は、まったく合理的である。確実にしっていることに固執することで信頼できる理解が得られる。

ブルーバックスの「量子力学の解釈問題」106ページより引用。


最初に紹介した物と役回りが変わっている以外に、最後のセリフで「見える」ということについても言及してる部分が違います。このあとボーアについての話が続くのですが、それを確かめるには実際に読んでみる必要があるでしょう。
量子力学の解釈問題―実験が示唆する「多世界」の実在 (ブルーバックス)